洛仙先生散歩

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案内状


八坂の塔いま


五年以前、

観光ポスターの、

挿絵に、京都東山の

八坂の塔を描いた。(向かって右)

今夏、ほぼ同じ場所で

描いた(左)のだが

漬物屋や酒屋の店構えが

新しくなって

少しなじみにくい。

通称、八坂の塔

法観寺厩戸皇子ゆかりの寺。

京都を舞台にした、テレビの

娯楽探偵ドラマには

必ずと言ってよい程登場する

風景だ。

八坂の塔むかし





京都、四条大橋あたりから、河原へ降りて描いた。

鴨川の流れを汲んで水彩絵の具を溶いた。

三条大橋から、遠く丹波山地を望み、手前、鴨川畔に先斗町の床がならぶ。

八月十四日、墓参の帰途である。

京都市美術館で所蔵品を見る。

幸野楳嶺や竹内栖鳳の素描

明治期の水彩、長谷川良雄等。


八月 八月はMemento moriの季節。

ニコピロスマニを思い出している。

Paul Gauguin問いを 私も

問いつづける。


祇園さん

7月16日、

祇園会

四条通

宵山の日の

昼下がり

7月18日

大阪、

天満の天神さん

大門。

境内では

茅の輪の

準備をしていた。

本殿に

お詣りを

済ませたとき

驟雨、雷鳴。

天神さんが

なんぞ

言うてはる。

天神さん

夏日 歩いていて、立ち止まったその場所の

目前にある風景を

目のあたりにしたまま描きたい。

何の感傷も無く、唯有るばかりの景色を

描きすすむ過程でする、

自問自答から

画布とは別な内面の架空に

形作られてくるものは

否応なしに

画布の上にも投影する。

ここに描かれているのは樹でしかないが、

やはり、ここでも、かつてのPaul Gauguin問いを 私も

問い直している。

早緑ののころ、鶴見緑地公園50号の油彩に描いた。


柴島浄水場水道博物館 六月の始め

地下鉄堺筋線から阪急柴島(くにじま)駅で降りて

柴島浄水場水道博物まで散歩

見学の小学生たちが

子どもらしく楽しそうにしていた。

その折りのスケッチを、

大阪日日新聞に

投稿した。


tokyoKIDS
東京都福祉保健局で

子育て応援とうきょう会議マスコットキャラクターの募集があり優秀賞を

いただきました。

ここに、ささやかに、自慢させていただきます。


大阪城の雪 五月晦日、摂津國伊丹郷

阪急伊丹駅から、猪名野神社までの散歩

途中、 小西酒造「長寿蔵」に寄り道

杉の香の清々しい樽酒一杯。

その後、柿衞文庫ー俳諧一枚摺の世界ー

江戸文化の爛熟と洗練が

先程の微醺とともに

心地良い。

猪名野神社まで歩けば

参道の新旧の石の玉垣から

震災とその後の復興の歩みが偲ばれる。


西田高明 展
2008年1月

子鹿 石榴 -りんご
薔薇(水彩) 猿沢の池から 空堀あたり 裸婦(素描)
木津川の流れ橋 神戸空港の夕日 摂津富田の仕舞た屋
子鹿 石榴 りんご
薔薇(水彩) 猿沢の池から 空堀あたり 裸婦(素描)
木津川の流れ橋(上津屋橋) 神戸空港の夕日 摂津富田の仕舞た屋

2006年2月11日
二月堂への道
 
二月堂への道 画像拡大

孟春の奈良を 家族で歩いた。

高畑町から   新薬師寺白毫寺春日大社東大寺

行程約三時間草臥れる ことの 楽しさ。



「美しい」という形容詞を「国」の前に置くことの、ちぐはぐさ。



身近なもの、例えば昨日今日の日常。妻や児ども達のほがらかな笑顔。

それらには切実に愛着を持つ。

記憶の中の、祖父母との会話。年寄りの仕草。

それらとともに憶いだされる景色は 美醜、善悪に関わらず、懐かしい。

驚かされるのは、時折、気づかぬうちに記憶の中の、年寄りと同じような

仕草と、言葉で児ども達に話し懸けている自らである、

「伝統」と云い「因習」と謂いながら身に付いてしまった物腰、仕草がある。

それらの一部は否応無しに次世代に受け継がれるのだろう。

父母、祖父母から聞いた書物には記述されていない、昔の戦争の記憶や、災害の記憶。

それらの総体が「古郷」であり、その延長に「クニ」があるのならば 

想起されるイメージの陰影は多面的で深い。

うるはしきまほろばは個人的な究めて個人的なこころの奥に

あざやかないろどりをもって有る。



「美しい」というひといろの形容詞で

「国」を押付けようとする、為政者のあさはか。

綺羅美やかな儀仗兵の行進などが「美しい国」のイメージならば、

『金銀をつかいすてたる駒揃え象戯に似たる・・・』

已矣乎

 




November/16/2003
淀川、わんど
 

淀川、城北公園辺のわんど 画像拡大
城北公園(大阪市旭区)から、淀川堤 防に登れば 

北河内から北摂の広々とした眺望が展開する。傍に千人 塚の碑。           

  むかし、この碑に祀られた人々。いま、アフガニスタン、イラクの地で眠る人々。・・・碑に向い、帽子をとる。  

河川敷に降りて、菅原橋の橋桁の日陰で写生帖を開いた。 

水際にはわんどに 向かって釣り人が三々、五々。           

羽撃きの音がして、鳥 影は見えぬまま、わんどの葦が揺れ、おさまる。           

はなれた場所から、うし蛙の声がしばらく聞えて、止む。           

魚が跳ねて、同心円の波紋。

 

*リンク先トップページ城北公園(大阪市旭区) 旭区 Official Homepage

千人塚 さわやかな風

鳥影 淀川 ぶらり・ぱちり

わんど 大阪市立 自然史博物館

2003年7月

 
   イラク攻撃反対"

南天の色新しき寒さ哉

寒夜戸外には風声しげく、今更の如く、父母は既に亡きを思い

児らのいとおしく

戦争を憎む



2001年春

 






環状線「森ノ宮」外回りプラットホー北端から

大阪城を眺めれば

早緑の海のなかに

天守閣が

浮かぶ。

四月三十日。

******洛蟾斎

大阪の内回り環状線桜宮駅を出れば大川を渡る。

通勤に毎朝渡る。

桜並木が

うっすらと

紅色に

染まり始めた。

三月十九日。

******日思庵書屋主人

尻無川の面は

その日其の朝の空を映して

晴れた日には青く澄み

雲の多い日には雲の色を映して

ユリカモメは

舞い降り舞い上がり

白く際立つ

******日思庵書屋主人

一月一日

新しい一年が始まる。

新しい百年が始まる。

新しい一千年が始まる。

昨日とよく似た今日が始まる。

去年今年

******日思庵書屋主人

百年は長い。大抵の人は百年前を自らの目で見た記憶を持たないだろう。

百年後を見る人も極めて稀であろう。十進法に慣れた私達が仮に基督教徒でなくとも

世紀や更に一千年期に亘るこの年の暮れに興奮するのは無理も無い事かもしれない。

祖父母の思い出話しの中にある百年前。孫達が祖父母に成る頃思い出す私達の若い頃の自慢話し。

書物の中の一千年前。

******洛蟾斎

2000年十一月

 
 
天神橋南詰から対岸の紅葉を見る

十一月二十三日ひる三時頃より、天満橋南詰の下から天神橋へ向かって対岸の桜もみじの並木を描いた。

風が冷たい。西日を反射する黄葉紅葉も冷え冷えとして見える。

******洛蟾斎

十一月十二日朝、尻無川でユリカモメを数羽見た。去年は十一月二十五日だった。一昨年は十一月三十日。

今年の冬は寒いのだろうか。

******日思庵書屋主人

2000年九月


恨 秋 雨 思 不 誰 衰 桐
血 墳 冷 牽 遣 看 燈 風
千 鬼 香 今 花 青 絡 驚
年 唱 魂 夜 蟲 簡 緯 心
土 鮑 弔 腸 粉 一 啼 壮
中 家 書 應 空 編 寒 士
碧 詩 客 直 蠧 書 素 苦
 
***1959年岩波書店刊 荒井健 注 編集・校閲 吉川幸次郎 小川環樹 中國詩人選14『李 賀』より***

九月十七日も鶴見緑地公園咲くや此花館前で敗荷と睡蓮を油で描いた。みちゆく人が「『モネ』の『マネ』やな」と呟いた。

******嗚呼 洛蟾斎

九月二十四日大川畔をスケッチしようと自転車でうろうろしていたら源八渡し跡辺で巨大な百日紅の木を見た。低い辺から二股に幹が分れているのだがその一つでさえ両腕で抱えきれない程だった。花が萎れて汚れていた。

******洛仙散人

 

敬わずに来て、敬われずに老いてゆく

******九月十五日 蟾咳道人

                            

9月10日

咲くや此花館前の池に咲く睡蓮と敗荷

2000年八月

八月は 様々に『死』を思い起させられる行事が多い季節である。自らの生に鏡を突付けられる。

蝉時雨の中を歩んで来て、或時、声が止む。

**********************************合掌 洛仙斎

台風、地震、潜水艦の事故。我が身の事にあらざれば、再び蝉の声ばかり。

*********************************嗚呼 蟾咳道人

大阪市立美術館『中国の美術』展。中国文人畫は堪能できました。〜9月3日まで

*********************************日思庵書屋主人

われわれは、先人が 表現・言論の自由を現在の程度まで獲得する為に

どれほどの血を流し、知恵を絞って来たか思い出すべきである。

**********************************恐惶謹言 洛仙斎

昨日(8/28)より朝夕の風が秋になった。

*********************************日思庵書屋主人

        
                                

8月15日

天保山より大阪彎を望む8月15日晴れてはいるが雲の多い大阪湾で西日に向かう。陽光は海面に反射して眩い。ふた組の家族ずれが釣りをしていた。親指とひとさし指を拡げた程の小鰺が稀に釣れる。海遊館附近で描く。
    
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   2001年の散歩  

                         

八月

粟田口青蓮院門跡大楠夏、円山公園から岡崎の美術館まで歩いた。墓参の折のいつもの道大楠がつくる木蔭に微風。
  
1996年5月へ

       

    
                       

9月10日

咲くや此花館前の池に咲く睡蓮と敗荷大阪鶴見緑地にある植物園咲くやこの花館前に人工の池がある。睡蓮が三三咲き、蜂巣の咢ばかりの蓮が五五浮かぶ。初秋の午後。
   
1996年5月へ

       
                       

8月15日

天保山より大阪彎を望む8月15日晴れてはいるが雲の多い大阪湾で西日に向かう。陽光は海面に反射して眩い。ふた組の家族ずれが釣りをしていた。親指とひとさし指を拡げた程の小鰺が稀に釣れる。海遊館附近で描く。
  
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5月3日

天保山より大阪彎を望む西ノ京、唐招提寺東門辺、秋篠川に架かる橋です。橋の名を確かめるのを忘れました。唐招提寺金堂が長期の修理に取掛かると聞き、名高い姿を記憶に残そうと滴るような緑の西ノ京を家族と訪ねました。

   
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4月4日

天満橋の桜天満橋、大川両岸は花見舟が行き交い満開の桜に花見客で 混雑しておりました。川岸から中之島剣先辺りを写生しました。
 
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4月29日

天王寺動物園の双瘤駱駝四月二十九日の天王寺動物園はとても賑わっておりました。
 
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1989年1月

岐阜稲葉山城岐阜市郊外、長良川畔の宿から稲葉山、別名金華山上の山城を早朝、写生しました。山頂天守の上方に有明の弦月。
 
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